ウガンダで考える平和

みなさん、こんにちは。
インターンの和氣です。

前回のブログ(国際平和デー 前編/ 後編)で告知してました通り
今回は「ウガンダで考える平和」(前編)でお送りしようと思います。

ご存知の通り、世界は残念ながら平和だとはまだまだ言いがたいです。
第二次世界大戦をきっかけに戦争に必要な武器の輸出入が始まりました。
それ以降、軍事費は年々、徐々に拡大し歯止めがかからない状態です。
武器の中でも特に小型武器(通常、1人んで操作できる拳銃、小銃、手榴弾など)そして核兵器は、
一見、安全を守るためのにと考えられがちですが、安全を脅かすための必需品をなっています。

ウガンダの国際平和デーで再確認したこと。
それは、私たちは、人それぞれ違えど、
調和の中で、同じ地球という1つの国家に一緒に住む家族です。
対立したからといって、
同じ地球市民同士が、互いを傷つけるために、
兵器を使う事があってはなりません。

ウガンダや中央アフリカ共和国では、
神の抵抗軍(LRA)による数知れぬ襲撃で、これらのことを身を持って体験しました。

*神の抵抗軍: ムセベ二政権以降、旧政府軍兵士らをとり込みながら、ウガンダ北部のアチョリ地域を中心に活動した反政府軍。

ウガンダが身を持って体験したことは何なのでしょうか?

この神の抵抗軍は一体なにをしたのか?


神の抵抗軍は、兵力を補うために子どもを誘拐したり国内難民キャンプや村々への襲撃を
頻繁に行っていました。誘拐された子どもたちの中には、家族や身内、近所の人たち、友達といった
周囲の人たちへの残虐行為(耳や唇の切断など)や殺害を強要させられました。
(参考文献: 小川真吾著 「ぼくらのアフリカに戦争がなくならないのはなぜ?」)

元子ども兵 チャールズ君(仮名)のケース

(バックグラウンド)
チャールズ君(当時12歳)は、反政府軍部隊に誘拐され、
数日してから、兵士たちが再びチャールズ君を連れて彼の住んでいる村に戻り
チャールズ君の母親を殺すよう彼に命令しました。
彼は、母親殺害を拒むと兵士たちに鉈を持たされ片腕を切り落とすように命令されました。
それもできなければ、彼と彼の母親を殺すと兵士に言われたそうです。

その当時を振り返っての証言:
ぼくはお母さんが大好きでした。恐ろしくて手がふるえ、頭の中が真っ白になりました。
とにかく、お母さんもぼくも、命だけは助けてほしいと思いました。ぼくは手渡された鉈をお母さんの腕に何度もふりおろしました。

参考文献: ぼくは13歳職業、兵士。 鬼丸昌也+小川真吾著


このケースはあくまでも1例ですが、ウガンダでは過去に
小型武器を持って簡単に人を傷つけたり、殺したりできることを
身を持って体験してきました。

小型武器は、安価で、中古で安く手に入れやすいことで知られています。
この小型武器が紛争・戦争、全ての原因ではありませんが
要因の1つになっていると考えられます。

これらの問題に対して、ウガンダの平和構築を行うリーダーたちは
「持続可能な平和はみんなで行う義務である!」ということを
信じ活動し取り組んできたことだと思います。
そして、この「持続可能な平和はみんなで行う義務である!」というのは
国際平和デーウガンダのスローガンでもありました。

テラ・ルネッサンス ウガンダ事務所 オテマ・ジミー
<国際平和デーを振り返り。。。>

このスローガンを思うことがきっかけで
平和へのアクションを呼び起こし
ウガンダにいる人々、
そして世界中へと広がっていくことを信じています。
国際平和デーも小規模かもしれませんが、
私たちそれぞれが踏み出せる平和貢献を行えたと思います。



To be continued....
次回は、後編で
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