あの日から7年

7年前の今日。2011年3月11日。

当時私は中学2年生でした。

学校で授業を受け、放課後部活をする、いつも通りの日常。

でもその日は私にとって、日本国民にとって、忘れられない日になりました。


15時前ごろ。

突然こわばった表情の顧問がやってきて大声で私たちに呼びかけました。

「おい!みんな大変なことが起こってるぞ!!東北で大地震があったらしい!図書室に集まれ!」


いつもは点いていない図書室のテレビ。

そこに映し出されていたのはにわかには信じがたい映像でした。


東日本大震災 津波火災 に対する画像結果

引用元: www.asahi.com/special/10005/TKY201103110628.html


まさにこの写真。

テレビの向こうから伝わる現場のあわただしさ。アナウンサーの焦った声。家が燃える音。そうこうしている間に火力発電所が爆発したと緊急速報が。


「…え?」

呆然とする私たち。

何この状況。これは現実の映像?

図書室にいた生徒、教師、誰一人として状況を呑み込めていませんでした。


家に帰ってテレビをつけるとさらに凄まじい映像が。

家が、人が、津波に飲み込まれていく…。

テレビに向かってずっと叫んでいました。「逃げて!早く!!」

それ以外の言葉が出てきませんでした。信じられない思いと、これが現実で起こっていることに対する恐怖が頭の中を渦巻いていました。


次の日から学校で募金活動が始まり、支援物資を集め、寄せ書きを書いたりしました。東北を支援するフレーズや絆の文字が日本を駆け巡り、2011年の日本は東北の復興一色でした。


あれから早7年。

テレビで毎日のように流れていた震災関連番組は激減し、震災のことを話すこともほとんどなくなりました。


しかし今でも避難者は7万3千人以上いるとされていて、福島では約3万4千人が県外避難を余儀なくされています。


震災を過去の話にしてはいけません。

今の話なのです。


当会は岩手県大槌町にて〈大槌復興刺し子プロジェクト〉を2011年から継続しています。




大槌町は東日本大震災にて町役場など町の機能の大半を失い、町長を含め、1.280名以上の犠牲者を出しました。避難所で「何かをしたい」という女性たちの想いからスタートしたプロジェクト。震災から7年が経ち、町の状況や生活には変化がありますが今でも多くの刺し子さんたちが元気に活躍されています。詳細はこちらから御覧ください。


https://sashiko.jp/


「もう」7年か、「まだ」7年か。
この7年の歳月をどう捉えるかは人それぞれだと思います。
ただ、まだ終わっていない。まだ震災はつづおていることを今日を機に考え直してみませんか?
今日1日は東北に想いを馳せながら…。

最後に個人的おすすめの本を紹介します。
亡くなった方の最後の姿が見えた、話せた。遺品が数年後急に出てくる。被災地では科学で語れない不思議な現象が数多く起こりました。愛と生の実話がたくさん詰まっています。気になる方はぜひチェックしてみてください。 1_2018031211332118f.jpg

https://goo.gl/wTQe2x

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記事執筆/

京都事務局インターン

宮崎あゆみ


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